9月8日 日中国交正常化50周年記念事業~「日本と中国 国際中継港『釧路』の役割」黄星原 (公財)日中友好会館中国代表理事 講演録

本日は日中国交正常化50周年記念事業の講演会にお招きいただき、心より感謝いたしますと共に、日中友好会館を代表して、お祝いを申し上げます。

 北海道に来るたびにまるで自分の故郷、中国の黒龍江省に戻ったような感じがします。広い土地、はっきりとした季節と温度の差。とくに両方とも国の穀倉と呼ばれ、とうもろこしや大豆、またはジャガイモの産地として知られています。

  先月、沖縄で開催された「東アジアの平和ネットワーク形成をめざす国際シンポジウム」に出席していた時、初めてジャガイモは中国から日本に伝わってきたということを教わりました。中国と日本の縁が本当に深いものだなと思いました。

 実は「日本と中国 国際中継港『釧路』の役割」という講演テーマを受け取ったとき、私はちょっと後ずさりしていました。正直に言いますと、それは私の日本語があんまりよくないからだけではなく、釧路に初めて来た素人の私がとやかく言っても、釧路の実情に合うかどうか分からないという心配があったからです。

 それでも、日本の友人として、私個人の考えを皆様に分かち合いたいと思います。25年前、つまり1997年のことを思い出しました。当時、アジア金融危機のせいで、韓国はとても困った状態に落ち込んでいました。ちょうどその時、改革開放から20年くらい経って、中国の人々の海外旅行のニーズが急に増えて、ブームになりました。そこで中国政府は国民の要望に応じて、「中国人外国旅行目的地」という指導文書を出そうとしました。これが良いチャンスだと思った韓国政府は、すぐ中国側にぜひ報道関係者代表団を韓国に派遣し、訪問していただきたいと打診をしてきました。それに応える形で私は団長として、二十数名の記者を率いて、初めての韓国訪問をしました。

 とても印象深かったのは、「済州島」を「中国人外国旅行目的地」の最初のリストに入れてもらうために韓国政府は、その島に様々な特別待遇政策を与えてくれました。ビザ免除と免税策をも打ち出しました。私たちの代表団と会見した金大中元韓国大統領の話は今でも忘れられません。「二十一世紀の世界はアジアの世界だと言われますが、中国はアジアの将来と希望としての存在です。韓国は今の困難を乗り越えようとすれば、中国と仲良くしていかなければなりません」とおっしゃいました。

 ご存知のように、今年は中国と韓国の国交樹立30周年でもあります。長期に安定した中韓関係は、中国から数十倍の観光客を増やした結果をもたらしただけでなく、両国の貿易額も3600億米ドルに達しました。この数字は日本と中国の間の貿易額とほぼ同じぐらいの規模になっています。一国の外交政策と選択はその国の経済と貿易にどれほど重要なのかは以上の例を見ればお分かりいただけるかと思います。

 さて、「日本と中国 国際中継港『釧路』の役割」というテーマに戻りましょう。私の直感で言えば、今の釧路は「万事倶に備われど、ただ東風を欠く」(三国志 『赤壁の戦い』より)状態にあると思います。「万事倶に備わる」とは釧路は地理的優位が整っているほか、幅広い奥地によって支えられており、日本の穀倉である北海道をバックにして、国際バルク戦略港湾に指定されてからちょうど10年が経ちました。その上に西には米国からの穀物飼料の荷揚げがあり、東は中国の多目的船の寄港などの実績も着実に積みあがってまいりました。もし北のロシアの資源までも見込み客として利用できればと思います。

 「東風」と言うのはやっぱり複雑な国際情勢と不安定な日中関係を指しています。ウクライナ戦争が何時終わるかは分かりませんが、秋が来たら冬も近づきます。この戦争の犠牲者は無論ウクライナです。しかしドイツなども被害者であります。外交政策、とくに安全保障政策の誤りによって、ヨーロッパは再び戦争に巻き込まれました。完成されたガスパイプも利用できません。いくら良いプランがあっても実行できなければだめです。

 この様な悲惨な状況が絶対にアジアで起こらないようにするためには我々はぜひヨーロッパの教訓から反省しなければなりません。

 だから、私のアドバイスと言えば、釧路の国際中継港の役割をうまく発揮させるにはまず平和な国際環境と安定した日中関係が必要です。そのために、まさに青木会長(北海道日中友好協会)が言われたとおり、「民をもって官を促す」必要があると思います。同じく「経済をもって政治を促す」と「地方をもって中央を促す」と言う言葉もあります。中国の元指導者の鄧小平さんには「発展こそが根本的道理」(改革開放 南巡講話)という名言がありますが、中国にとっても日本にとってもまったくその通りです。日中関係を安定させ、経済と貿易交流が盛んに発展していけば、日本と中国にとっては「百利あって一害なし」のことで、お互いの国家利益につながると思います。

その環境を整えるプロジェクトは民や経済界や地方などに留まらせてはいけません。政治家たちも、マスコミも直ちに行動しなければならないと思います。幸いなことに、先月、日中両国の安全対話が順調に行われ、双方とも両国関係のさらなる悪化の阻止に努力しようというメッセージを出しました。

もう一つ重要な情報を皆さんに共有したいと思います。中国の最高指導者の習近平国家主席が先月、北海道の姉妹都市である遼寧省を視察し、東北再振興戦略を強調されました。これは釧路港の未来である国際的な物流拠点造り、「南のシンガポール、北の釧路」との戦略とは、ちょうど合致しているのではないかと思います。この二つの戦略をどのように結びつけるかは今後の課題として考えていただければと思います。

私は長い間マスコミと付き合ってきたので、ここでもう一つのアドバイスをさせて頂きたいと思います。つまり釧路はこれからもっと自己アピールするといいと思います。私のように日本に十年以上住んだにもかかわらず、釧路に来たことがない人も少なくないと思います。私が働いている日中友好会館より20歳年上の釧路日中友好協会さんは日中国交正常化10年前にもう活躍されており、間違いなく釧路と中国をつなぐ中核的な存在です。今回、釧路日中友好協会さんのお招きで釧路に来なければ釧路に関する基本的な知識も、釧路の素晴らしさも分からないままだったと思います。改めて、お誘いに感謝申し上げます。

最後になりましたが、日本にはこれからアメリカと中国の関係を円滑にさせる架け橋としての役割を期待するとともに、釧路が中国東北振興戦略とのドッキング、また北極海航路の国際物流におけるさらなる役割を果たすことをお祈りして、私の本日の講演会を終わらせて頂きます。

ご清聴ありがとうございました。


講師 黄星原

       1985年6月 吉林大学外国語学院日本語学科卒業(現 日本語言文学科)

       1986年7月 外交学院国際法学科卒業

       2013年9月 長江商学院高度管理職経営管理士修士課程修了(MBA)

 

       1986年 中華人民共和国外務省入省

       2000年~2005年 中華人民共和国駐日本国大使館参事官

       2005年~2007年 中華人民共和国外務省情報課参事官

       2007年~2013年 中国人民外交学会副会長兼秘書長

       2013年~2016年 中華人民共和国駐トリニダード・トバコ共和国特命全権大使

       2016年~2020年 中華人民共和国駐キプロス共和国特命全権大使

       2020年~     公益財団法人日中友好会館中国代表理事



以下 中国語講演録

「日本与中国的国际中转港钏路的作用」

 中日友好会馆中国代表 黄星原

 

今天承蒙邀请我参加中日邦交正常化50周年纪念事业的演讲会,我表示衷心的感谢,同时也代表日中友好会馆向你们表示祝贺。

 

每次来北海道都感觉好像回到了自己的故乡,中国的黑龙江省。广阔的土地,明显的季节和温度差异。特别是它们都被称为国家的粮仓,是著名的玉米、大豆和土豆的产地。

  

上个月,我参加了在冲绳召开的“以组成东亚和平圈为目标的国际研讨会”,第一次知道了土豆还是从中国传到日本的。我觉得中国和日本的缘分真深啊。

 

实际上,在接到“日本与中国国际中转港钏路的作用”这一演讲题目时,我有些后怕。老实说,这不仅是因为我的日语不太好,更是因为我这个初到钏路的门外汉,担心说三道四不知道是否符合钏路的实际情况。

 

尽管如此,作为日本的朋友,我还是想把我个人的想法分享给大家。我想起了25年前,也就是1997年。当时因为亚洲金融危机,韩国陷入了非常困难的状态。当时正好是改革开放20年左右,中国人民出国旅游的需求突然增加,形成了热潮。因此,中国政府应国民的要求,提出了“中国外国旅游目的地”的指导文件。韩国政府认为这是一个很好的机会,立即向中国方面询问,希望中国能够派遣新闻工作者代表团到韩国访问。作为回应,我作为团长,率领二十多名记者,首次访问了韩国。

 

让我印象深刻的是,为了让“济州岛”进入“中国人外国旅游目的地”的第一个名单,韩国政府给予了那个岛各种各样的特别待遇政策。还推出了免签证和免税政策。前韩国总统金大中会见我们代表团时说的话至今令人难忘。他说:“人们都说二十一世纪的世界是亚洲的世界,而中国是亚洲的未来和希望。韩国要想克服现在的困难,就必须和中国搞好关系。”

 

众所周知,今年也是中韩建交30周年。长期稳定的中韩关系,不仅带来了从中国来的数十倍的游客增加的结果,两国的贸易额也达到了3600亿美元。这个数字和日本和中国之间的贸易额规模差不多。一个国家的外交政策和选择对该国的经济和贸易有多么重要,通过以上的例子,我想大家已经明白了。

 

那么,让我们回到“日本与中国国际中转港钏路的作用”这个主题。以我的直觉来说,现在的钏路处于“万事俱备只欠东风”的状态。所谓“万事俱备”,钏路除了具备良好的地理优势外,还有广阔的腹地作为后盾,以日本的粮仓北海道为后盾,被指定为国际大宗商品战略港湾至今正好10年。再加上西边有来自美国的谷物饲料的货物,东边有中国的多用途船的停靠,这些实绩也稳步积累。如果能把北边俄罗斯的资源作为潜在客户来利用就好了。

 

“东风”指的是复杂的国际局势和不稳定的中日关系。虽然不知道乌克兰战争什么时候结束,但是秋天来了,冬天也会来临。这场战争的牺牲者当然是乌克兰。但是德国也是受害者。由于外交政策,特别是安全政策的错误,欧洲再次被卷入战争。也不能利用已完成的煤气管道。无论有多么好的计划,如果不能实行也是不行的。

 

为了避免这种悲惨的情况在亚洲发生,我们必须从欧洲的教训中反省。

 

所以,我的建议是,要发挥好钏路的国际中转港作用,首先需要和平的国际环境和稳定的中日关系。为此,正如青木会长所说,有必要“以民促官”。同样,还有“以经济促政治”和“以地方促中央”的说法。我认为,稳定中日关系,促进经济和贸易交流的蓬勃发展,对日本和中国来说是“有百利而无一害”的,关系到彼此的国家利益。

 

创造环境的项目不能只停留在民间、经济界或地方。我认为政治家和媒体都应该立即采取行动。值得庆幸的是,上个月中日两国安全对话顺利进行,双方都发出了努力阻止两国关系进一步恶化的信息。

 

我还有一个重要的信息想和大家共享。我认为,这与钏路港未来打造国际物流枢纽、“南新加坡、北钏路”的战略正好吻合。如何将这两种战略结合起来,是今后的课题。

 

我和媒体打了很长时间的交道,所以在这里我还想提一个建议。也就是说,我觉得钏路今后要多展示自己。像我这样在日本住了十多年却没来过钏路的人应该不在少数。比我现在工作的日中友好会馆还大20岁的『钏路日中友好协会』在中日邦交正常化10年之前就已经活跃在日本,毫无疑问是连接钏路和中国的核心。这次,如果不是应钏路日中友好协会的邀请来到钏路,我想我应该不会了解钏路的基本知识,也不会了解钏路的精彩之处。再次感谢您的邀请。

 

最后,希望日本今后能在美国和中国的关系中发挥桥梁作用,钏路在对接中国东北振兴战略,以及北冰洋航线的国际物流方面发挥更大的作用。祝你好运,结束我今天的演讲会。

 

谢谢您的聆听。


 9月8日 「釧路持続可能な世界最先端モデル都市の可能性<釧路市街・港湾一体開発>」日中国交正常化50周年記念事業
















講師略歴 

 柏倉柳一郎 1994年3月 駿河台大学経済学部経営情報学科卒業

       2020年3月 慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程EMBAコース

              修了(経営学) 

             慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科病院経営イノベーションコース修了

 

       1994年4月 株式会社船井総合研究所入社 

             東京経営支援本部戦略ITコンサルティングチームリーダー

       2000年2月 ベアー・スターンズ・アンド・カンパニー・インク入社

             ベアー・スターンズ(ジャパン)証券会社東京支店投資銀行本部アソシエイト

       2003年12月 ストラテジック・コンサルティング・グループ株式会社(2008年4月~2015年3月までSBIホールディングス持分法適用関連会社)参画 取締役マネージングディレクター

       2011年2月  同社取締役副社長

       2015年4月  SCG株式会社 取締役副社長

       2019年2月  株式会社SCG総合研究所 代表取締役



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