5月11日 近況報告会「好況 真っ只中の釧路経済」

会場 ANAクラウンプラザホテル釧路
5月11日 20時から20時半まで

当協会会員による発表

A 当社は今年 中国から家具の直接輸入を再開する準備中である。釧路経済好況のなか消費もようやく伸びてきた。
B 建設作業員の確保に非常に苦労している。過去に経験をしたことのないほどの受注が拡大している。いずれも大規模プラント、大規模な流通センター、工場建設に伴う事業ばかりで、今後釧路の人口が増えるような予感である。
C たまたま中国と縁がありまして、この会に入会した。昨今 釧路の国際化が著しく進展している。釧路経済の国際化は会計の世界でも外国語が必要な環境になるものと思う。
D 当社は中国から生姜の漬物を毎年 大量に輸入し回転すし業界に卸している。釧路の回転すし業者が東京、札幌で店舗拡大をしたおかげで当社の売上も大きく伸びている。実にありがたく思っている。
E 私の中国史感は司馬遼太郎である。現実の中国人は釧路日中友好協会で招聘する中国人しか知らない。釧路日中友好協会で招聘する中国人は中国のエリート層ばかりであるのでビジネスでも拡がりが期待できる。
F 当社は事務局長の経営するビルのテナントである。事業好調で今年 会社ロゴを作成する。地方企業でも国際化は避けられないと思っている。当社は住宅メーカーとして住民に優しい住宅を釧路市で供給していきたい。
G 当校は少子高齢化の影響で学生集めに苦労している。今回、縁あって中国とへき地教育に関する共同研究の下地ができつつある。 日本政府は教員課程の縮小がトレンドであるが、当校は日本で最先端の少人数教育、複式学級教育に関する大学であると自負している。 今後 国際化、大学自治の為に果敢に国際化を推進したい。
H 私は当協会で最年長のチャーターメンバーであろうと思う。年々当協会が協会として形が整いつつあることに嬉しく思う。私は自分が死ぬまでこの協会の発展に貢献したい。
I 釧路と北京のアイスホッケー学生チームの交流試合を検討中である。
J 北京から元官僚達を招聘し釧路でゴルフコンペを開催したい。
H 当社は日本を代表する総合商社である。このたび釧路に新たに事務所を開設することになった。ライバル企業から釧路に進出するにあたり、「人口減少都市、経済衰退都市の釧路に進出は馬鹿じゃないか?」と揶揄された。しかし札幌からは釧路経済は見えないのである。釧路は国際バルク戦略港湾としていまや北海道を代表する物流拠点だ。当社はすでに早速 釧路の地元企業からご購入いただき目標の売上を達成した。釧路事務所の開設によって釧路経済の成長にプラス成長をもたらせるものと思う。当社は鋼材の供給、原魚の供給、観光産業の業務提携の実現、都市インフラの整備など、釧路で今 求められるビジネスの実現に果敢に協力したい。
J 当社は日本最大の独立系エレベーターメーカーである。昨今、札幌、東京でも釧路経済の好調を耳にするようになってきた。昨日 大手ホテル会社の釧路での集まりに出たところ、釧路市のホテル稼働率は同グループの北海道内ホテルのなかでトップの稼働率であると聞いた。当社の釧路営業所設置もすでに20年近くなるが、道東(釧路、根室、十勝、北見)の拠点営業所として釧路市民に受けいれていただき業績も好調である。今後 釧路市は、東北海道の中心都市として大きく発展が期待できる。とても楽しみにしている。
K 依然 健康に気をつかっています。来週 程永華 中国大使が札幌入りするのに合わせて歓迎会に参加する予定です。
L 釧路で最年少町内会長をやらせていただいた。実は大学卒業後、東京で落語家を目指した事があった。釧路に戻りそしてこの会に参加し、地方都市も東京も変わらないなと思った次第である。むしろ東京で自分の存在は塵であると思った、釧路でようやく人間扱いされた感じである。これからは地方が人間らしい生活の場であると思った次第である。釧路の経済発展の為に当協会に参加できたことをうれしく思う。
M 青森から大学入学で釧路にきた。釧路は青森よりも都会で、気候も良く過ごしやすい。地元金融機関からの提案で釧路産品の東京での物産展のお手伝いをすることになった。大学卒業後は釧路で就職し生活したい。
N 今年の秋からカナダに留学することになった。大学卒業後は釧路の企業に就職して経営者幹部を目指したい。
O 当社は国内最後の炭鉱会社として、今年も海外から研修生を受けいれている。今年秋口 ようやく当社の夢であった石炭火力発電所の建設工事がはじまる。これで釧路での雇用は拡大し、同時に当社の石炭の安定的な販売先が確保できる。当協会の発展に当社としても今後も支援していきたい。



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